Home > いろいろ > 人は見ようとするものしか見ることができない

人は見ようとするものしか見ることができない

ゼオルムの謎。考えれば考えるほど分からないのですが、学生時代の恩師の「行き詰ったら一度問題を忘れなさい」という言葉を思い出したので、今日は1日考えるのをやめてみようと思います。ゼオルム関連のコメントへのレスなどは申し訳ありませんが明日以降になります。
カエルのことばかり考えていたら仕事が手につかなくてお尻に火がついたわけじゃないですよ(・ω・)。

海外のフォーラムからのアクセスも含め、情報を探している方が多いようですので、試行結果の報告はコメント・トラックバック等で随時いただけるとたすかります。

以下はチラシの裏−−−−

 
最初は時間、次は討伐数、そしてマムージャの数と仮説が次々と出てきて、そのたびに記録を見直してみるのですが、情けないことに本当にデータの欠落が多い。結局、その時の試行で「関係ある」と思い込んでいる部分しか記録に残していないし記憶にも残っていない。思い込みって怖いものです。

カエルの謎解きは難しい幾何の問題に似ているように思います。問題図だけ見てどこから手をつけていいのかさっぱり分からなくても、正しい補助線を引けば、問題を解く道筋はとたんにクリアになります。カエル探しでこの補助線を探す作業にあたるのが、「時間」だったり「討伐数」だったりという仮説で、それで問題がクリアになるのかは実際に線を引いて図をながめてみないとわからない。

線を引いたら引いたで、また次の落とし穴が待っています。プトレマイオスの天動説が、実際の天体の動きを説明するために、いくつもの周天円を天球に付け加えてどんどん複雑になっていったように、一つの仮説に固執することで事象を説明するために新たな補助仮説をどんどん付け加えていくことになる。人間が作るプログラムなのですから、複雑であるよりは単純である方が合理的だと思うのです。あまりにも複雑になりすぎたら、一度全部捨てて最初の仮説を疑うところから始める必要があります。

真実はデータの中にしかない。近づくには、「仮説を提示する>既存のケースにあてはめる>予測する>結果を照合する>反証があった場合新たな仮説を提示する」ことの繰り返しで、予測と結果の一致点を見出すしかないのです。検証した上で仮説を棄却するという行為もとても重要です。結果的に間違いだったとしても「結局ネタか」という扱いはすべきではありません。

検証のためのコースを設定して突入するのは、突入にかかるコストとリターンのバランスを考えるとそうそうできることではないですが(そういう点でうちのLSは比較的恵まれていると思うし、いつも手伝ってくれる皆さんには感謝しています)ボスや既にPOP条件が確定しているNMを狙う時に「各層の時間、種類別の討伐数、4・5・6層のマダムが沸いているかどうかのチェック」を記録して共有するだけでも、貴重なデータになるはずです。

今、必要なのは、ケースを積み重ねることです。「人は自分が見ようとするものしか見えない」ということを常に頭において、多くの目で自分の試行結果をチェックするために、このブログへのコメントでも、自分のブログでも、攻略スレへの報告でも、どんな形でもいいので、データを公開してくれる人が一人でも増えることを願っています。

 

Home > いろいろ > 人は見ようとするものしか見ることができない

Search
Feeds
Others

Page Top